大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)2901号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

小林健二

被告

原久子

外二名

右三名訴訟代理人弁護人

成富信方

武田清一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告原久子は、原告に対し、目録一の土地について昭和六一年一二月六日代物弁済を登記原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二同被告は、原告に対し、同土地上の目録二の建物を収去して同土地を明け渡せ。

三被告大塚忠及び同藤平昭は、原告に対し、それぞれ金一〇〇〇万円を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  弁護士である原告は、被告らを当事者とする左記訴訟事件に関し被告らの訴訟代理人として訴訟を遂行したが、(一)の事件は昭和六一年一一月二五日に第一審で敗訴したので、同年一二月八日控訴代理人として東京高等裁判所に控訴し、同裁判所昭和六一年(ネ)第三五五一号事件(以下「本件控訴事件」という。)として係属した。

(一) 訴外坂本キン外五名を原告とし、被告原及び同大塚を被告とする東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第五八二四号相続回復等請求事件

(二) 被告原を原告とし、右訴外人らを被告とする同裁判所昭和五六年(ワ)第八一〇七号所有権確認等請求事件

(三) 被告藤平を原告とし、訴外日興証券株式会社を被告とする同裁判所昭和五七年(ワ)第五七八九号ファミリーファンド引渡請求事件

(四) 右被告を原告とし、訴外株式会社駿河銀行を被告とする静岡地方裁判所沼津支部昭和五七年(ワ)第二〇四号預金返還請求事件

2  昭和六一年一二月六日、本件係争事件の代理人である原告と相手方ら代理人の斉藤弁護士との間で和解(以下「本件和解一」という。)を成立させた。

3  被告らは、昭和六二年三月一二日付け書面をもって、原告に対し、右控訴事件を含む全ての訴訟事件の訴訟代理人を解任する旨通知した。

4  本件控訴事件について、成富信方弁護士及び武田清一弁護士が被告らの訴訟代理人となり、昭和六二年一〇月二九日、東京都目黒区〈住所略〉の土地建物を被告原が取得するとの内容を含む裁判上の和解(以下「本件和解二」という。)が成立した。

二争点についての当事者の主張

1  原告の主張

(一) 本件和解一を成立させるにあたって、原告は、事前に被告原と充分協議を行い、本件和解一は、同人の意向に添った内容のものであった。

(二) 原告と被告原との間で、昭和六一年一二月六日、本件和解一を成立させた相当の報酬金の代物弁済として目録一の土地(以下「本件土地」という。)を原告に取得させる旨の契約がなされた。

(三) 本件係争事件についての解任は、被告らの原告に対する報酬契約の履行を免れるためになされたものである。

(四) 原告は、被告大塚との間で昭和五五年八月一日、同藤平との間で昭和五七年四月一日、それぞれ時間制報酬の約定をしたので、同被告らに対し、日本弁護士連合会報酬等基準規程三六条に基づいて時間制報酬を請求する。

2  被告らの主張

(一) 本件和解一は、原告が被告原の意向を無視して勝手に成立させたものである。

(二) 本件和解一の内容は、被告原の意向を無視したものであり、知らない間になされたものであるから、被告原として、原告主張の報酬契約をする筈がない。

(三) 被告らが原告を解任したのは、原告が被告らの意向を無視して本件係争訴訟を進行させようとしたため、被告らとして、原告に対する信頼関係を喪失した結果である。

(四) 被告大塚及び同藤平は、被告原に代わって名義上事件当事者になったものであり、仮に同被告らが勝訴したとしても、それによりなんら利益を得るものではない。原告は、そのことを充分承知して訴訟を遂行してきたのであるから、同事件の費用及び報酬を同被告らに請求するのは筋違いであり、原告との間で時間制報酬契約をしたことはない。

第三争点に対する判断

一本件和解一の成立の経緯と本件控訴提起の関係について

1  本件和解一の成立については、当事者間に争いがなく、その内容の骨子は、〈証拠〉によれば、次のとおりである。

(一) 神奈川県〈住所略〉の土地一〇三一平方メートル及びその上の建物、逗子市〈住所略〉の土地二二四平方メートル及びその上の建物並びに神奈川県〈住所略〉の土地59.50平方メートル及びその上の建物を被告原が取得する。

(二) 係争の預金債権一三八〇万円及び日興証券自由が丘支店預かりの山田八郎名義「ファミリーファンド三四四」六五四口について、いずれもその三割に相当する請求権を被告原が取得する。

(三) その他の係争財産については、被告らは一切権利を放棄する。

2  しかしながら、本件には幾つかの疑問点がある。

まず第一には、原告は、本件和解一を昭和六一年一二月六日に成立させながら、本件控訴の提起を右和解成立後の同月八日に行っている。

最終的に訴訟を終了させる目的で本件和解一を成立させたのであるならば、わざわざ本件控訴を提起する必要はなかったはずであるが、そうしないで、本件和解一の成立後に本件控訴手続きをした目的として考えられるのは、一つは、和解の内容に執行力を付与するために裁判上の和解とする必要があって控訴したことであり、もう一つは、被告原にとって、控訴することが唯一の有利な方策であり、控訴をしないと和解ができないと思わせる必要があったからである。前者であれば、本件和解一の成立だけでは目的が達成されたとは言えない(本件和解一は私法上の和解に留まるものであってこれを裁判上の和解にして始めて和解として完成したこととなる)し、後者であれば、本件和解一の成立について被告原の充分な了解を得て行われたものとは言えない。

そのうえ、原告は、控訴提起の費用として被告原から同年一二月一日に五〇〇万円を受け取っていること〈証拠〉との関連が不可解である。控訴手続きをする前に本件和解一を成立させたのであるから、原告としては一二月一日の段階で既に本件和解一の成立の見通しをもっていたものと思われるが、そうであるならば、報酬金額の話し合いをすべきものであって、着手金に相当する五〇〇万円の受領はありえないのではなかろうか。にもかかわらず、被告原から控訴費用として五〇〇万円を出させたのは、本件和解一の見通しについて被告原と協議していないことを窺わせるものである。

原告主張(一)の事実について、〈証拠〉には、それに添う部分があるが、右の原告の所為についてのいくつかの疑問点のほかに、〈証拠〉によれば、目黒の八雲の物件の取得に固執し、これの取得を断念した内容の和解には応じないことが明らかであること、そして、本件和解二ではその目的が達成できたこと、その結果、本件和解一よりは同二の方がその内容において被告原にとって有利な解決となっているが、そのためには、本件和解一が成立してから一〇か月を要していること(〈証拠〉)が認められ、これらを合わせ鑑みると、〈証拠〉は措信できないというほかなく、他に原告主張(一)を認めるに足る証拠はない。

二まとめ

以上により、原告主張(一)の事実が認められないのであるから、被告原に対する本訴請求はその余について判断するまでもなく理由がないが、なお、原告主張(二)の請求は、その前提として、当然に被告原の本件和解一により受けるべき利益を具体的な金額で計算したうえ、それを弁護士会の報酬規程の基準に照らすと報酬額が幾らとなるという手順が被告原に示されるべきであるにも係わらず、そのような手順が示されたことを認めるに足る証拠はないから、この点からみても本件請求は失当である。

その余の被告らに対する時間制による請求については、本件事件はいずれも被告原が実質上の当事者であって、その他の被告らは単なる名義上の当事者にすぎず、なんら訴訟上の利益を受ける立場にはなく、そのことは、原告自身充分承知して本件訴訟遂行していたものであり〈証拠〉、かつ、原告主張の日本弁護士連合会報酬基準規程三六条によれば、「依頼者と協議のうえ、弁護士報酬として受けることができる」ものであるところ、原告主張の約定はもとより協議がなされたことを認めるに足りる証拠はなく、よって、原告の時間制による報酬請求は理由がない。

(裁判官沢田三知夫)

別紙目録一、二〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例